「いい税理士」の組織マネジメントに必要な「バリュー」とは

企業を経営する際にはミッション・ビジョンが必要です。組織が目指すゴールを定めることで、迷った時や組織内で意見が割れた時の判断軸にすることができます。また、何か危機的状況に陥った際にも、あきらめずに困難を乗り越えるための原動力になります。
前回の記事では、会計事務所の経営におけるミッション・ビジョンの重要性についてご紹介しました。ミッション・ビジョンという遠くのゴールに事務所全体で到達するために、経営者としてありとあらゆる努力をすることが代表税理士には求められます。
>>会計事務所に「ミッション・ビジョン」が必要な理由はこちら
そして、事務所全体で一つのゴールに到達するために欠かせないのが、今回ご紹介する「バリュー」です。では、いったい「バリュー」とはどういったものなのでしょうか。
「バリュー」とは何か?なぜ事務所経営に欠かせないのか?
ミッション・ビジョンが、事務所が目指すべき「遠くの旗」、つまりゴールを明確にすることであるのに対して、バリューは組織に属するメンバーが持つべき「共通の価値観」です。つまり、お客様との接し方や業務の進め方などの、日々の行動指針であったり規範、ルールとなるものです。
事務所という組織を構成するのは、スタッフという一人ひとりの人間です。物事の好き嫌いから、人生で大切にしているものまで、価値観や考え方は個人によってバラバラです。
ゴールを達成するために、一気に突き進みたい人もいれば、一つずつ確認しながら慎重に進めたいと考える人もいます。目標達成のためには、何をしても構わないと考える人もいれば、モラルに反することは絶対にしてはいけないと考える人もいます。志向性もさることながら、倫理観などの善悪の基準も人によって様々です。
個人が好き勝手に考え、その人の物差しだけで判断してしまっては、スタッフ間での軋轢やトラブルが生まれかねません。また、顧客への対応にも差が生じてしまい、顧客満足度の低下も招いてしまいます。それでは、事務所全体で同じゴールにたどり着くことはできません。

個人の価値観を尊重しつつも、「我々は、こういうルールや考え方でゴールにたどり着こう」という共通認識を事務所全体で共有することが重要です。そのためにも、組織にバリューは欠かすことができません。
▼有名企業のバリュー例
ソフトバンク:努力って楽しい。「No.1」「挑戦」「逆算」「スピード」「執念」
キリンホールディングス:熱意・誠意・多様性〈Passion. Integrity. Diversity.〉
組織にバリューを浸透させるための3つの方法
しかし、バリューを定めたとしても、スタッフに周知され、深く浸透していなくては意味がありません。では、どのようにして事務所内にバリューを浸透させることができるのでしょうか。ここでは、3つの方法をご紹介します。
継続的にバリューに触れる機会を設ける
代表税理士が、年に1回ほどの頻度で一方的に伝えるというだけでは、事務所内にバリューを浸透させることは不可能です。スタッフが継続的にバリューに触れるための仕掛けが必要になります。
例えば、全体会議などのスタッフが集まる場面で、誰か一人に、最近、バリューに沿った行動ができた、と思うことを発表してもらう方法です。発表する側は、最近の自分の行いが、バリューに沿っているかどうかを振り返る機会になります。発表を聞く側も、人の話から新しい気づきを得ることができます。バリューを深掘りする議論に発展することもあります。
また、新しいスタッフが入社した際に、先輩スタッフからバリューについて説明する機会を設けるといった取り組みも有効です。自分の言葉で説明することで、バリューの理解度や浸透を高めることができます。
評価制度や業務の中に落とし込む
普段の仕事や業務の中において、バリューを意識させる仕組みを構築することで、浸透を深めることができます。効果的なのは、「バリューに沿った行動ができているか」を評価制度に盛り込むことです。
普段の業務において、バリューを意識づけることができますし、評価面談の際にバリューに関するフィードバックを行うことで、事務所の方針にどれくらい適合できているのかを、代表税理士とスタッフとの間で共有することができます。
最もバリューにマッチしていたスタッフを月に一回表彰する、といった表彰制度を設けることで、バリューに対するスタッフのモチベーションアップにも繋げることができます。

採用時に重視する
新しくスタッフを採用する際に、多くの方は仕事内容や給料、福利厚生を伝えることを重視するのではないでしょうか。しかし、採用時こそバリューを明確に伝え、事務所がどういった人材を求めているか、どういった人材が力を発揮できるのかを伝えることが重要です。
転職先を決める際に、人間関係や社風が自分に合っているかどうかを判断軸にする人はとても多いです。バリューを明確に伝えることで、応募者は自分に合う事務所かどうかを判断することができます。事務所としても、バリューに合うスタッフを採用することができれば、事務所内のバリュー浸透を進めやすくなります。
「能力がある」「実績がある」という理由だけで人を採用すべきではありません。その人の価値観が事務所のバリューと合っていなければ、本来のパフォーマンスを発揮してはもらえません。そうすると、事務所にとっても、そしてその人にとっても不幸な状況を生み出してしまいます。
組織で成果を出すためにはバリューが欠かせない
実際の会計事務所ではどのようにバリューが運用されているのでしょうか。今回は約10名のスタッフを抱える「株式会社 start-with/荻島会計事務所」の実例を基に、バリューをスタッフにどう浸透させているかをご紹介します。
荻島会計事務所では、経営理念だけでなく、バリューを「10の行動指針」として明文化し、ハンドブックを作成してスタッフ全員に渡しています。
「仕事を本気でする」「理論より実践」「やってみる、チャレンジ精神」など、事務所として大事にしたい考え方、スタッフに持ってほしいマインドなどが定められています。
さらに、「お客様への正しい姿勢」として、「約束の時間を絶対に守る」「絶対に言い訳しない」といった7つルールを明記しています。バリューは価値観であると説明しましたが、価値観だけでは、業務で迷ったときに判断が難しい場合があります。そのため、対顧客という観点では、誰でも理解できる平易な言葉でルールを明確にしているそうです。
折に触れてスタッフと話をしたり、ハンドブックの読み合わせや、日々の業務を行動指針に照らして振り返ることで、浸透度合を高めています。
>>Lanchor(ランカー)で掲載している荻島会計事務所の記事はこちら

事務所経営において重要なのは、いかに「組織で成果を出せるか」ということです。どれだけ優秀なスタッフがいたとしても、個々がバラバラに動いていては、大きな成果に結びつけることはできません。
お互いが協調し、協力して仕事に取り組んでもらうためにも、事務所の理想とする考え方やマインドを共通認識として共有することが大切です。事務所として中小企業の業績アップに貢献する「いい税理士」には、スタッフ一人ひとりにバリューを浸透させることが求められます。
最初は少し難しく感じることもあるかもしれませんが、どのようなマインドやルールで、事務所のゴールをみんなで達成したいのか。事務所のミッション・ビジョンとあわせて、一度ゆっくりと考えてみてはいかがでしょうか。
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