顧問先よりも従業員の幸福度 離職率を下げた税理士事務所の取り組みとは
税理士法人ジャスティス会計事務所
統括代表社員 猪本秀之さん
不動産オーナー向けの節税対策に強みを持つジャスティス会計事務所。前年比130%増の売上を計上し続けた結果、スタッフの負荷が高くなり疲弊するメンバーが出始めます。
危機感を抱いた猪本秀之さん(統括代表社員、公認会計士)は、前々から抱いていた想い「従業員の幸福こそが我々の目指すゴール」を宣言し、新規顧客のご紹介をお断りしてテレワークやオフィスのフリーアドレスを導入したり、ビジネスチャットツールの使用時間を制限したり、さまざまな試みを実施。
この記事では、離職率の低下を実現した同事務所の施策の中でも「特に効果が高かった」と猪本さんが振り返る「内省プログラム」を中心に紹介します。
お話をうかがった方:税理士法人ジャスティス会計事務所 猪本秀之さん
顧客のほとんどが不動産オーナーで、不動産法人を活用した所得税対策、相続対策(節税・納税・分割)を得意とする。コロナ前は不動産オーナー向けのセミナー講師を年間60回程度行う。誠実に対応し、お客様に喜んでいただくために仕事をすることを信条とし、事務所名の「ジャスティス」にはお客様のための正義を貫く、との思いが込められている。
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顧問先の正義を叶える事務所
Q.事務所の特徴を教えてください。
猪本さん(以下、猪本):私どもは不動産オーナーのお客様が多い事務所です。初めから意図したわけではありませんが、当事務所を立ち上げる前に私が勤めていたのが、不動産オーナーを中心に仕事をしている事務所だった関係で必然的にそうなりました。不動産オーナーのお客様が7割、一般の事業会社のお客様が3割という状況です。
主たる業務内容としては、不動産法人の顧問を通して、相続に当たっての節税対策や納税準備だったり、遺産分割で揉めないようにすることだったり、そうした対策に生前から時間をかけて手を打っていく、といった部分に力を入れています。
Q.スタッフの数を教えてください。
猪本:私を含めて43名です。
Q.事務所のミッションやビジョンを教えてください。
猪本:お客様にとっての正義を貫く、という想いを込めてジャスティス会計事務所という名前をつけました。お客様に喜んでいただける仕事をしたい、満足していただきたい、というのが独立した時の想いです。
それを満たすための要素として、次のようなことを指針として定めています。
- お客様とのコミュニケーションを欠かしません。
- ハイレベルな仕事をすることはもちろんのこと、お客様との人間関係こそが重要だと考えます。
- 大事務所にできない小回りのきいた素早い対応をします。
- スタッフが楽しく仕事をすることがお客様へのサービスの源と考えます。
- 日々の研鑽を怠りません。
業績好調の一方で疲弊するスタッフ
Q.スタッフが働きやすい環境を作ろうと思ったきっかけを教えてください。
猪本:世の中には金儲け主義の事務所やお客様本位ではない事務所がある中で、我々はお客様のために真面目に一生懸命仕事をしていると自負しています。先ほど言った指針を真面目に実践し続けた結果、前年比130%増の売上を達成し続け、必然的にお客様の数も増えてきました。
その結果、スタッフの負荷が高くなり、忙しすぎて辞めてしまう人や、体調を崩す人が出てくるようになりました。増員はしてきたのですが、即戦力の人材確保が難しい中での規模拡大でしたので、特にリーダークラスの疲弊が目立つようになったんです。このままではいけないと思ったのが、スタッフの働きやすい環境の整備に着手したきっかけです。
スタッフの幸福を最優先にした方針転換
Q.具体的にどんな施策を実施しましたか?
猪本:まずは新規のお客様をお受けしないようにしました。また、他にもいろいろやりましたし、今も取り組んでいる最中です。例えばオフィスをフリーアドレスにしたり、カフェのような内装にしたり、早出出勤制度を設けたりしています。
早出出勤制度とは、事前申請なしで早く出勤して早く退勤できる制度で、スタッフから好評を得ています。うちは定時が9時~18時なのですが、例えばその日の気分で7時~16時といった働き方を選べるのです。
それ以外では、テレワークやバースデイ休暇を導入したほか、夏季休暇を7月から9月までの間で好きな時に取得できるようにしています。あるいは、有給休暇が発生する入社6ヶ月前までの病欠を補うための病欠休暇を最大で3日分設けたりしています。
他にも、各部ごとに1on1ミーティングを実施したり、長時間労働を是正するためにチャットワークやメールの送信時間を8:00から19:00までに制限したりしています。
思いつくことはいろいろ試しているのですが、結局のところ、お客様よりも事務所スタッフが幸せになることが大切だと宣言して方針を変えたこと自体が大きかったと思います。お客様にとっての正義の実現は、スタッフが幸せでないと果たせないと私自身が考えを改めたのです。
みんなが幸せになれないことはすべてやめようということで、お客様からの紹介でどうしても断れないケースを除き、今はまだ新規のお客様の受付も停止しています。それくらいスタッフの幸せにフォーカスしているのです。
建設的な意見を引き出す内省プログラム
Q.最も効果の大きかった施策について教えてください。
猪本:スタッフの不満の解消という意味では、eコンサルティングジャパンさんが提供する「内省プログラム」がいちばん有効だったと思います。
これは、経験豊富なコンサルタントがスタッフ一人一人と面談して内省を促し、前向きなアクションにつなげるというものです。
内省プログラムを導入した当初、自分のことを棚に上げて他人を批判するケースがあり、スタッフにはもう少し自分自身にも目を向けてほしいと思うことがあったんです。
その時の自分の感情や言動を振り返り、「こういう気持ちを相手にぶつけてしまったなあ、でも冷静に考えたらこういう見方もあったかな」と思い起こすのが内省の場です。
誰かの文句ばかり言っていた人や、「こうしてほしい」という他人に対する要望ばかり口にしていた人が、「自分はどうすべきだったか」という具合に劇的に視点を変えてくれるのです。これを導入したことで、所内の雰囲気が非常に建設的なものになりました。
Q.内省プログラムでは具体的にどんなことをしましたか?
猪本:まずA-SystemというAI(人工知能)による感情分析ソフトを使って自分の感情を知るところから始まります。A-Systemは脳波の状態を数値化するもので、それを入り口としてeコンサルティングジャパンさんのコンサルタントが毎月50分程度、対象のスタッフ一人一人と面談します。
その場で不満が出た場合、単に不満を吐き出して終わりにするのではなく、「自分はその時どうすべきだったか」と内省します。これによりプログラムを受けたスタッフからは目先のことではなく、もっと先を見据えた建設的な意見が出てくるようになりました。
Q.内省プログラムを実施する前と後で事務所にどんな変化が生じましたか?
猪本:何か問題が起きた時に、これまでだったら各スタッフが言いっぱなしで終わっていたかもしれません。そのようなことについて、相手のことを考えながら「今いちばん取るべき行動は何なのか」という点をみんなが考えられるようになったのが大きいと思います。
少数ですが、外部のコンサルタントに対して本音を話すことをためらう人もいます。内省することにプラスを感じなければやめればいいですし、いったんやめたけれどもまたやりたくなったらリスタートすればいいと私は思っています。
いずれにせよ、内省プログラムを始めてから建設的な意見が増え、前に進む空気になっているのは事実です。直近では退職者も出ていませんし、従業員の幸福度は確実に高まっていると思います。
Q.今後の目標を教えてください。
猪本:規模を拡大したいとか売上を増やしたいとか、そういう思いは一切なく、スタッフ全員が幸せになることが目標です。そのために例えば我々は、業界トップクラスの給与水準を目指しています。実際、この4月に全員の給与を大幅に引き上げました。もちろん物質的な面だけでなく精神的な面も含めて、みんなが幸せになること。これに尽きると思います。
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内省プログラムを導入して1年弱だというジャスティス会計事務所。生産性向上や業務効率化など、具体的な数値として成果が出るのはこれからかもしれませんが、猪本さんは確かな手応えを掴んでいるようです。
多忙な代表税理士は一人一人のスタッフに対してじっくり話を聞き、本音を引き出す時間が取れないケースもあるでしょう。内省のプロに任せてみるのも選択肢に入れてみてはいかがでしょうか?
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