月次決算はダイエット中の体重計 「織部焼」のように地域に愛される事務所を目指して
オリベ会計事務所 代表税理士 若尾僚彦さん
大学ではデザイン工学を学び、将来は建築家になろうと思っていたにもかかわらず、「ひょんなことから税理士の道へ入った」と語るのは、オリベ会計事務所で代表税理士を務める若尾僚彦さんです。
顧問先の経営者の言葉を上辺だけ理解するのではなく、真意を探り当てることが重要だと指摘する若尾さんは、月次決算の役割を「ダイエットにおける体重計」のようなものだと話します。
今の"体重"がどのくらいなのかを知ることで、本当に必要な打ち手が見えてくるのだそうです。若尾さんが勧める「体重計理論」に迫ります。
お話を伺った方:オリベ会計事務所 代表税理士 若尾僚彦さん
千葉大学工学部デザイン工学科卒業。ひょんなことから税理士の道へ。税理士法人で6年間、税務業務に携わった後、独立。税務はお客様のお悩みのほんの一部であることを知り、財務(金融)・経営計画・M&Aを学ぶ。お酒を飲みすぎなければ基本、良い人。
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400年続く織部(オリベ)焼きのように
Q.貴事務所の特徴について教えてください。
若尾さん(以下、若尾):法人をメインに、月次決算と経営計画の指導をさせていただいています。他にも財務コンサルティングやM&Aコンサルティングなども手掛けています。
成り立ちとしては、もともとは父が一人で税理士事務所を営んでいたのですが、急に他界しまして、当時、名古屋の税理士事務所で働いていた私が慌てて実家に戻り、事務所を承継したという流れになります。
Q.事務所名にある「オリベ」というのはどんな意味なのでしょうか?
若尾:私の実家があるのは岐阜県多治見市です。多治見市には地場産業として美濃焼という陶器があるのですが、焼き方によってブランドが異なっていて、その一つとして織部焼というものがあります。
多治見には「オリベストリート」と呼ばれる通りや、「FCオリベ多治見」というサッカーチームなどがあり、オリベというのは多治見の人にとって親しみがあります。そこで我々も、400年も続いている織部というブランドにあやかることにしたんです。
Q.税理士になろうと思った動機について教えてください。
若尾:今から振り返ると父の影響が大きかったと思います。父はもともと名古屋市の税理士事務所に勤めていたのですが、私が大学に進学するタイミングで、地元の多治見市に戻って独立しました。私は当時、父がどんな仕事をしているのかまったく知らないほど興味がなく、「東京で建築家になろう」と思って上京しました。
一方では私は長男なので、いずれは多治見市に戻ったほうがよいのかな、と思う気持ちもあり、心が揺れていた時に父が税理士であることを知りました。そして「多治見市で飯を食っていくためには、何らかの資格が必要かもしれない」と思うようになったんです。その時にはじめて税理士になろうと決めました。自分勝手な不純な動機ですね。
なかなか感じられなかった税理士としてのやりがい
Q.税理士のやりがいはどこにありますか?
若尾:正直に言うと、税理士になりたての頃はやりがいを感じられませんでした。と言うのも、会社を構えれば水道代と電気代がかかります。税理士は水道代や電気代のように、仕方なく払う必要コストだと経営者から思われている気がして、そういう意味ではなかなかやりがいを見つけ出しにくかったというのが率直な気持ちです。
例えば「税金が少なくなって良かったです」と言っていた会社が、借入が増えてやせ細っていったりします。あるいはやっと利益が出たと思ったら、その社長が「税金を払いたくないから、生命保険に入って節税します」という話になって、ますます細くなっていきます。ついには「銀行から借入ができなくなって、どうしよう」みたいなこともありました。
顧問先には当然、社員がいます。社員には家族がいます。そのことも含め「どうしたものだろうか」ということを真剣に考えるようになったのは、税理士として仕事を始めてからです。
税理士試験で身に付けられる知識では、その辺は解決できません。私は独自に月次決算や経営計画、財務をどうすべきかといったことを勉強し始めました。
「うち、どうしたらいいでしょうか?」という経営者の質問に答えられるようになったのもその頃からです。もっとも、決めるのは社長なので、バシッとした答えを言うわけではありません。「こういう考え方もありますよ」という形で方向性を示して差し上げます。そういうことができるようになって、はじめて経営者から頼りにされ始めた気がします。
経営相談は体重計とダイエットと同じ
Q.経営相談の中で、成功した事例があれば教えてください。
若尾:弊社は8割ほどのお客様が他の先生からの変更になります。弊社に変わっていただく前は、年に数回、試算表を見る程度だったというお客様がけっこういらっしゃいます。その中で、クリーニング店を営むお客様がいて、月次決算をもとに販売計画を立てて毎月きちんと見直す習慣をつけていただきました。すると業績が上向いて債務超過から脱却し、手持ち資金が400万しかなかったのが、今では5千万円を超えるようになりました。銀行からの借入も、すべて保証協会が付いていたものがオールプロパーになったのです。
つまり月次決算というのは、ダイエットにおける体重計みたいなものだと思います。毎月、数字を見ていると、社長さんも考えるようになるんです。その結果、繁忙期になるたびに資金繰りに苦労していた社長さんが、今は資金繰りの悩みから解放され、先のことを考えるようになりました。そうやってどんどんお客様の視野が広がっていきます。
ただ誤解のないようにお伝えしておきたいのですが、毎月、数字を見ていたからと言って、それだけで業績が良くなることはありません。「うちのお客様は誰か?」「お客様が求めているコトは?」「ライバルはどうか?」「うちとライバルとの違いは?」「価格は?数は?」などの視点を持ってポイントとなる数字をお客様と確認することが大切です。
表面上の言葉ではなく、社長の真意を探り当てる
Q.顧問先の数はどのくらいのペースで増えてきていますか?
若尾:年にだいたい10~15件くらいです。ありがたいことに、離れていくお客様はほぼゼロ。私が承継後にお客様から解約を申し出されたことは1件だけです。
Q.顧問先と話をする際、気をつけていることはありますか?
若尾:社長から質問される時、表面上の言葉だけでなく「どうして今、こういう質問をしているのか」という真意を見極めるようにしています。例えば「この助成金はうちでも使えますか?」と聞かれたとします。
その際、イエスかノーかを答えるのではなく、意図を探るのです。例えばそれが雇用関係の助成金だとしたら、社長さんがいちばん悩んでいるのは、スタッフを一人採用できるか否か、といった背景が見えてきます。
新たなスタッフの給料が本当に払えるかどうかを社長が心配していることがわかれば、例えばこんなアドバイスができます。
「今の事業構造で、今のお客様や商品の数だとしたら、新しい人を入れて、このくらいの給与を払ってあげても、ちゃんとやっていけると思います」
こうしたシミュレーションを社長と一緒にやってみて「これだったら採用しても大丈夫」とか「この金額を提示してあげられる」とか、自信を持って背中を押してあげられるみたいなことはあると思います。逆に「助成金は使えますか?」の質問にイエスかノーかで答えてしまうと、シミュレーションにまで発展することはありません。
社長と会社との別れを見届ける
Q.未来を考えるためにシミュレーションするのですね。
はい。お客様にとって何がいちばん良いかは、常に考えています。先ほどの助成金の話にも通じますが、「今、これをやったら税金が安くなるか」とか、目先のことにはパッと答えられます。ただ「それが正しい選択か」ということは、未来を考えた時にはじめてわかる時もあります。
どういうことかと言うと、会社は死にませんが、お客様である社長個人はいずれ亡くなります。ご自身と会社に必ずお別れが来るのです。そのお別れの仕方を考えることを我々は出口戦略と呼んでいます。出口戦略によって、その会社は今節税すべきなのか、それとも納税すべきなのかが変わってきます。これを一緒に考えることで、お客様自身も今それをやるべきなのか、もっと他にしなければいけないことがあるとか、なるべく先を見ることができるようになると感じています。
そのためには、結局、社長さんの人柄やバックボーン、こだわりに関心を持つことに尽きるのではないでしょうか。
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若尾さんは興味を持った税理士事務所に自ら電話をかけ、「こういう者ですが、お話するお時間をいただけないでしょうか?」とアポイントメントを取って出かけているそうです。色々な税理士に話を聞くことで「視野が大きく開きました」と話します。
「全世界を幸せにするようなすごいサービスは持ち合わせていませんが、うちと関わった社長さんが元気になれば、その会社の社員さんたちも、社員さんのご家族も元気になります。そうやって周りの人を幸せにできる可能性を持っているのが税理士という仕事だと思います」
そう話す若尾さんの目標は、現在、若尾さん自身を含めて8名体制の事務所を拡大し、今後20年で30名規模の小粒ですが捻りの効いた事務所に育てていくことだと言います。
実父の事務所をたった一人で承継し、1年に一人のペースでスタッフを増やしてきた若尾さん。表面的な言葉ではなく、社長の真意を見極める姿勢を持つことで、その目標に必ず到達していくのでしょう。
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