難病と戦う税理士の信条は「家族の相談に応えるようにお客様に接する」

氏名:冨岡秀樹/生年月日:1968年7月19日/趣味:アメフトにおける理事活動/特技:走ること/好きな学科:日本史

原因不明の難病であるネフローゼ症候群と戦いながら、顧問先に寄り添う税理士がいます。兵庫県川西市に事務所を構える税理士法人 阪神税務総合事務所の冨岡秀樹さん(代表)です。徹底した顧問先ファーストの姿勢を貫く冨岡さんの軌跡をたどります。

陸上とアメフトが人としての厚みを与えてくれた

4,680グラム、59cmの赤ん坊として生を受けました。大きな私がおなかの中にいた影響で、母親は今でも胃下垂です。生まれながらにして親不孝だったのかもしれません。

生まれは大阪府門真市で、すぐに寝屋川市に転居。いずれも郊外に自宅があり、野山を駆け回る活発な少年でした。小学校で日本は食料自給率が低いことを学び、卒業する頃には農家か商社マンとなって、日本の食料調達に貢献するという夢を持ったことを記憶しています。

子どもの頃から足が速く、担任の先生に勧められて小学校の陸上競技クラブに入部。主に200メートルと400メートルで鍛錬を重ねました。中学校でも陸上競技を続け、個人400メートルの全国大会に進出。大阪府の代表として旧・国立競技場のトラックを走ったりもしました。

大学時代まで一貫して体育会系で過ごしました。大学生の頃は、足の速さが生かせることと、初心者でも活躍できる余地があることを考慮してアメリカンフットボール部に入りました。ポジションはワイドレシーバー。相手ディフェンスを振り切りながら、クオーターバックからのパスを確実にキャッチすることがミッションです。団体スポーツを経験したことで、他者との関係の中で自分の役割を見つける大切さを知り、スポーツのすばらしさを肌で感じました。

私は今でも関西学生連盟の理事としてアメリカンフットボールに関わっています。自分を育ててくれたスポーツに何かの形で恩返しがしたいという思いからです。

難病のハンデキャップが税理士を目指すきっかけに

はじめて税理士という仕事を意識したのは、大学3年生の冬に大病を患ったのがきっかけです。罹患したのはネフローゼ症候群という腎臓病で、今でも服薬を続けています。

就職を目の前にした時に、健康面の不安を考えると会社勤めは難しいと思いました。それよりも自分のペースでできる仕事のほうがいいと思い、資格を取ることを選択肢として考えるようになったんです。中でも税理士を選んだのは、弁護士や公認会計士に比べると試験にパスしやすいという単純な動機からです。

当時はバブル景気の真っ盛りで「楽勝就活」と言われた時期。周りの仲間が次々に有名企業に就職を決める中、自分ひとり病院通いを続けるのはしんどいものがありました。取り残されてしまったような感覚に陥ったんです。結局、長期に及ぶ入院のため単位が足りず、大学を留年することになりました。

迎えた5年生の夏に日商簿記3級の勉強を始め、専門学校にも通ったりしながら翌年、簿記論と財務諸表論に合格。そこからだいぶ時間はかかりましたが、何とかすべての試験にパスして2002年2月、税理士として登録しました。そして税理士になると同時に、独立開業して自分の事務所を構えたんです。32歳のことでした。

この間、試験勉強をしながら3件の税理士事務所でお世話になりました。独立開業することはすでに決めていたので、各事務所に勤めながら、所長をはじめとするスタッフを同業他社のような意識で見ていました。嫌な所員だったと思います。私だったら当時の自分は雇いません(笑)。

家族や親友に相談された時と同じように対応する

事務所を開いてはみたものの、はじめは顧問先がゼロ件の状態でした。だから最初に勤めた税理士事務所のお客様が私を選んでくれた時は本当にうれしかったです。「開業したのならもう一度、冨岡さんにお願いしたい」と言ってくださったんです。

今のようにインターネットでの集客が一般化していない時代でしたので、人脈がすべてでした。過去にお仕事をさせていただいたお客様に開業のご挨拶をしたり、異業種交流会のようなところで名刺を配ったり、思いつくことはすべてやりました。そうした活動を地道に繰り返すうちに、自分の中に一つのポリシーが生まれたんです。

それは一人一人のお客様に「家族や親友の相談に応えるように対応する」ことです。お客様に対して常に誠実でいる、と言い換えてもいいと思います。

私一人で始めた事務所は今、計11名のスタッフに支えられていますが、どんなに規模を拡大してもこのポリシーは忘れてはいけないと思っています。

罹患したネフローゼ症候群というのは完治が難しく、働けなくなるリスクは今も抱えています。私が倒れても事務所が回るように、何よりお客様にご迷惑が掛からないように、スタッフにもこのポリシーを体現するよう求めています。

私たちは名刺に「いつもあなたの隣に」という言葉を載せています。上からでも下からでもなく、隣で寄り添う存在でありたいからです。

税務や記帳代行などは基本的に正解がある仕事です。こうした正解のある仕事はパートさんに任せて、私たち税理士は正解のない仕事に注力しようというのを合言葉にしています。正解のない仕事をして、お客様と共に悩み、自分の選んだものが正解になるよう全力を尽くす――。これが私たちの流儀です。

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税理士事務所で働くことにあこがれを持ってほしい

スタッフにはそれぞれの"芸風"を大切にしてほしいと思っています。もちろん一定のレベルに到達したうえでの話ですが、それぞれの強みを活かして補完し合いながらより良いサービスをお客様に提供していきたいと考えています。

その観点で考えると、事務所の規模を拡大したほうがよいとも思っています。税理士に限らず、公認会計士や行政書士や弁護士、あるいはカウンセラーやコンサルタントなども含め、異なる得意分野を持つ人たちが力を合わせてお客様の課題解決に寄り添う形が望ましいと思うからです。

そのためには労働環境やオフィス環境、福利厚生も含めてきちんとした受け皿を作って、優秀な人材を受け入れる用意をしなければなりません。

例えば駅前のビルに100坪のオフィスを構えるとか、ITベンチャーのようにカフェのあるきれいなオフィスを用意するとか、私一人では無理かもしれませんが、志を同じくする仲間と一緒になら実現できると思います。そうやって環境を整えて、税理士事務所で働くことにあこがれを持ってもらうようにしていきたいんです。

かつてWindows 95の登場により紙からコンピュータへドラスティックな変化が起きました。今、クラウド化やDX(デジタル・トランスフォーメーション)などにより、それを凌ぐかも知れない大きな変化の中に私たちはいます。変化を楽しみながら、未来へ向かって歩んでいきたいと思います。

*  *  *

罹患した難病のため、人よりも遅れてスタートした社会人生活の中で、開業税理士になるという目標に向かってブレずに進んできた冨岡さん。一人一人の顧問先に「家族や親友の相談に応えるように対応する」という信念の下、さらに質の高いサービスを追求しています。そんな冨岡さんの「いい税理士」を目指す挑戦はこれからも続いていきます。

取材協力 税理士法人 阪神税務総合事務所

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