「認定 いい税理士」の松尾繁樹さんに聞く!いい税理士を目指す人が大切にすべき「バリュー」とは?
いい税理士協会では、中小企業の業績アップに貢献することができるなど、一定の基準を満たした方を「いい税理士」として認定しています。そんないい税理士のひとりである松尾繁樹さんに、税理士を目指したきっかけやいい税理士としての仕事、「認定 いい税理士」になったことのメリットなどを伺いました。
お話をうかがった人:松尾繁樹公認会計士・税理士事務所/松尾繁樹さん
東京大学経済学部卒業後、監査法人、税理士事務所勤務を経て2013年独立。経営数字で事業を支える「いい税理士」事務所経営者として、神奈川県域の志ある地域企業の経営改善に尽力する。成長志向のITベンチャー企業に対しては、創業からIPO準備まで一貫した資金調達及び経営管理体制の構築支援をハンズオンで実施。株式会社SQUEEZE監査役。株式会社VIVIT取締役。一般社団法人いい税理士協会監事。松尾繁樹公認会計士・税理士事務所代表。
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あら探しはしたくない!経営者に寄り添うために税理士に
Q.税理士を志した経緯を教えてください。
キャリアのスタートは監査法人での会計監査業務でした。上場企業が粉飾をしていないかチェックすることが主な業務だったので、仕事の中身がどうしてもあら探しになりがちなんです。このまま会計監査の仕事を続けるよりも、税理士になって中小企業の社長に近い立場で経営に関与する仕事がしたいと思い、この道を選びました。必ずしも税務がやりたくて税理士になったわけではありません。
経営に関与する仕事がしたいと思って経営支援のスキルを学び実践しましたが、ご自身の考えに自信のある社長も少なくなく、アドバイスに耳を傾けていただけないことも多かったんです。頑なな社長にうんざりしてしまい、支援をあきらめてしまった顧問先もあります。あるとき、そのようなお客様が経営的に行き詰ったことがあったんです。そのときに、社長が納得するまで、あきらめず信念をもって経営面をサポートしないと、取り返しのつかないことになるんだと改めて思い知らされました。そのことは今でも後悔しています。
Q.今は具体的にどういう経営サポートをしているのですか?
経営改善をスタートするための資金調達です。銀行からの融資だったり公的な助成金だったりを支援しています。まずは足元の資金繰りを調えるために銀行からお金を借りますが、当然返さなければならないので本業を改善していく必要があります。その部分をお手伝いすることが今の業務の中心です。
本業を改善するには数字の裏側にある経営まで踏み込む必要があるため、事業と数字をつなぎ、まずは事業の現状を社長に理解してもらう。そのうえで社長の経営方針に沿った形で業績が伸びていくような事業展開を社長と一緒に考えるのが私の役目です。
やりがいは顧客の転換点を作れること
Q.顧問先の経営面を支援するうえでのやりがいは何ですか?
会社の転換点を作れることです。私が担当しているお客様の中に建物や家具などの補修をする会社があるのですが、社長がワンマンでやっているため次世代の社員育成に悩んでおられました。そこで私は経営会議に参加させていただき、社員の視座を高めて個々人が経営意識を持つためにいくつか提案をしたんです。すると社員の雰囲気が徐々に変わっていき、社長は「良いきっかけをありがとう」と感謝の言葉をくださいました。
大げさな言い方かもしれませんが、その会社の転換点を作れたという自負はあります。もし何もせずにいたら、社長と次代の幹部層との距離が開いたまま社長が辞めるタイミングを迎え、引き継ぎがうまくいかなかったでしょう。
Q.具体的な提案をするためにも、会社の課題を把握する必要があるのですね。そのためにはやはりヒアリングのスキルが大切になるのでしょうか?
そうですね。事業についていちばんよく知っているのは社長なので、とにかく詳しい話を聞き出すことは意識しています。また一般的に社長は、すごく具体的な話をすることもあれば、最上段の抽象度の高い話をされることもあります。だから今どのレイヤー(階層)の話をしているのかという点は常に意識しています。そうすると今話している情報のレイヤーとひとつ上のレイヤーとの関係がつながってきたり、逆に自分の頭の中に足りない情報が見えたり。足りない情報を補う形でさらにヒアリングを進めるイメージを持つことを心がけています。
税理士の仕事の中でも、経営者へのヒアリングは非常に大事です。相手の立場になるとか、相手はこう考えるだろうと推測を働かせるとか、基本的な姿勢ももちろん必要です。ただそれ以上に、自分なりに情報を整理する体系を持つことが大切だと思います。
Q.聞き出す技術というのは、いい税理士にとっては不可欠なんですね。
はい。ただ私も成功体験ばかりを重ねてきたわけではありません。私の顧問先に、50代で建設会社を脱サラして事業を始められた方がいます。コスト意識が希薄で、手元資金があれば安心する典型的なドンブリ勘定でした。そのため借り入れをして、次の案件にどんどんお金を投下するんです。社長も利益が出ているわけではないことに気づいてはいました。にもかかわらず、自分の事業が間違っているはずはない、という思いにとらわれ、いつか業績が上向くときが来ると信じて、振り返ることをせずにお金を使い続けてしまったんです。
税理士としては、事業が成り立っているのか、事業でお金が回っているのかという根本にまで踏み込まなければなりません。しかし、まだ駆け出しだった私には事業が成立していないことを社長に納得させることができませんでした。
結果、その会社は破産寸前まで追いつめられ、先祖代々引き継いできた土地を手放すことになってしまったんです。後日、社長からは「どうしてあのときアドバイスしてくれなかったのか」と責められました。もしも今やり直せるのなら、もっと深い関係性を作ると思います。普段から何でも話ができる関係ができていれば、破産寸前まで行くことはなかったはずですから。
スキルよりもバリューへの共感を重視
Q.事務所を経営するうえで、特に気をつけていることはありますか?
事務所のスタッフみんなが納得する行動指針を創ることに気をつけていますね。税理士業界は中途採用が多いですし、事務所の人数が増えるほど一丸となって働くことは難しいからです。みんなが原点に立ち戻れるように、私たちはミッションやビジョンに加えて行動指針としてのバリューを決めています。ここで言うバリューとは、ミッションやビジョンを実現するための具体的な行動で、例えば私たちの事務所では「最善を尽くす:最善の提案と行動をする、保身に走らない」など、5つのバリューを定めています。
以前、人材を採用する際バリューに対する共感よりもその人のスキルセットを優先した結果、長く勤めていただけなかったこともありました。事務所が成長していく過程で、スキルの高い人材を求めることもあると思いますが、バリューに対する共感は必須だとそのとき実感しました。
Q.松尾さんの事務所には、バリューに共感した方が入ってくるのですか?
そうですね。事務所の中で積み上げたものがバリューとなり、外の人に対して発信できるからこそ、共感し納得した人が集まってきてくれます。何事も積み重ねが大切で、スキルが高く、バリューに対する共感も十分な人を採用しようと思っても、いきなりできるわけではありません。
これは顧問先の経営支援にもつながると思うのですが、お客様からときどき「ミッションやビジョン、そしてバリューみたいな形だけのものを創ることに何の意味があるんだ」と言われることがあります。でも、そういう会社ほど、良い人材を採用できずに困っていることが多い。だから私は先ほどの問いに対して「社長が何を言いたいのか、事業や社員に対してどんな思いがあるのか、きちんと形にして発信するんです」と答えています。自分がバリューを定めていない税理士には、顧問先の社長に対してこういう発言はできないと思います。顧問先の経営支援をするうえでも、ミッション、ビジョン、バリューは基礎となるものですから、我々事務所としても決しておろそかにはできません。
いい税理士として認定されることは人材育成に効果がある
Q.協会から「いい税理士」として認定されて良かったことはありますか?
事務所内に良い影響があったと思っています。「いい仕事をしているよ」と第三者から認めてもらえたことで、スタッフたちに自信がついたように感じます。
私自身も自分の指導方法が間違いではないと確信できましたし、スタッフにもそのことをわかってもらえたと思います。うちの方針である「お客様に寄り添って一緒に歩いていく」というやり方は、ともするとお金になりにくい、つまり間違った方針なのではないかと思う側面があります。「いい税理士」に認定されたことで、うちの方針が間違っていないと事務所内で共通認識が持てたのはありがたいことです。
Q.他にメリットはありましたか?
いい税理士を目指す方は私と同じような志を持つ方なので、そういう方々と情報交換して税理士業界の発展につなげていけるのもメリットのひとつではないでしょうか。採用の面でも、例えば今年の4月に入所したスタッフは、うちが「いい税理士」に認定されていることを事前に知ったうえで来てくれました。うちの方針に共感してくれる人が集まってきやすくなっていると思います。
まとめ
税理士はAI(人工知能)に取って代わられると言わることもありますが、「いい税理士の仕事は絶対になくなりません」と松尾さんは語ります。松尾さんのようにいい税理士として活動する方が増えることで、税理士業界に良い人材が入ってくる契機になるかもしれません。
※ いい税理士協会は2022年7月をもって解散しました。
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