ゲンコツ1つでやってきた社長が経営計画を作るまで

「いい税理士」はどのようにして中小企業の業績向上に貢献しているのか。 今回は、静岡県浜松市に事務所を構えている、野末和彦税理士事務所の野末和彦さんにお話を伺いました。

会社のビジョンや理念を考えたこともなかった製造業の社長が、今では経営計画書の作成までされているそうです。 いったいどのようにして経営者の認識は変わっていったのでしょうか。

社長が耳にしたくないことも言う、そのための経営会議

「いい税理士」には、顧問先である中小企業が抱えている経営課題が何なのか、明らかにする力が求められます。では、野末さんが顧問先の経営課題を見つけるため心がけていることは何なのでしょうか。

田 中
野末さんの顧問先さんの事例について教えてください。
野 末
地元を中心に、給食や仕出弁当を提供している製造業の事例です。定期的に経営会議の場を設けることで、一緒に経営課題の解決に取り組みました。
主な成果前期比1%の原価率(材料費)の改善、前期比10%の光熱費の削減
取り組んだこと① 定期的な経営改善会議の実施
② 経営計画書の作成(現在継続中)
業種製造業
売上規模5千万~1億円未満
従業員規模11人~30人
顧問先との取引年数5年以上10年未満


田 中
その経営課題というのは、もともと社長さんが明確に抱えていらっしゃったのですか?

野 末
いえ、最初から経営課題が明確だったわけではありません。会社をもっとよくしたいというご相談をいただいた際に、まずは社長と奥様と私の3人で、私の事務所で定期的に経営改善会議をおこなうことを提案しました。「経営改善会議」という名の「場」を設けることで、社長は色々と話をしたくなるのです。

野 末
例えば、「社員同士の仲が悪いんだ」と社長がおっしゃる。しかし、さらにお話を伺って掘り下げていくと、実は「社長と社員の仲があまりよくない」ことが、会社の雰囲気を悪くしている原因ではないか、ということがみえてきました。

田 中
「社長と社員の仲がよくない」ということを、野末さんは社長に直接指摘されたのですか?

野 末
はい。「もしかしたら、社長ご自身が上手く社員の方とコミュニケーションを取れていないのではないですか?」と指摘しました。社長は耳まで真っ赤にされて、かなり不機嫌なご様子でした。しかし、たとえ社長が耳にしたくないようなことでも、しっかりとお伝えするようにしています。そのために、わざわざ事務所にまで来ていただいていますので。

経営課題の解決ポイントは「聞き役」に徹すること

社長が話したくなる「場」を作ることで、顧問先の抱えている課題が見えてくると野末さんは言います。では、見えてきた経営課題を解決していくために、どのようなことをおこなっているのでしょうか。

田 中
「経営改善会議」という「場」を、経営課題の解決につなげる秘訣はあるのでしょうか?

野 末
そうですね。最初はとにかく「聞き役」に徹することです。なるべく社長と奥様に話をしてもらって、経営に関する意見を多く出してもらうようにします。コミュニケーションを密にしていただくことが特に重要です。

野 末
私自身は、お二人の話の中から気になる点をとにかくノートに書き出していきます。会議の最後にはそのノートをコピーしてお渡しし「これを次回までに改善してきてくださいね」と伝えます。毎回のように宿題を出すわけです。

田 中
宿題ですか?やってきてくれるものですか?

野 末
わりとやっていただけますよ。ノートに書かれているのは、社長と奥さんがおっしゃったことなので。自分たちが「やらなくてはいけない」と感じていることですし。
野 末
会議の中で出てきた課題と改善策をノートにまとめる。ノートをコピーして宿題としてお渡しする。次回の会議で進捗を確認したり、新たに出てきた問題について考える。そういったことの繰り返しによって、経営改善が進んでいきます。

社長の「会社をこうしたい」という想いに寄り添う

「聞き役」に徹することで話を引き出していくと、経営者の「会社をこうしたい」という想いに触れることができる。そこまで来て初めて、経営計画書の作成を進めることができるという野末さん。また、その進め方にもコツがあるそうです。

田 中
この経営改善会議を始めたのはいつからですか?

野 末
2年前くらいからですね。時間をかけながら、改善が少しずつ進んでいく中で、社長自身が「会社をこうしていきたい」という話をしてくれるようになりました。
野 末
そうなってきたら、私の事務所で作っている経営計画(※)を見せて、「このような経営計画書を一緒に作っていきいませんか?」と話をしています。「会社の目指すものが明確になって、日々の道しるべになりますよ」と。

※野末和彦税理士事務所の経営計画書は全10ページで構成されており、その内容は経営理念や行動指針に留まらず、「社員の未来像」や「事業(商品・サービス)未来像」といった範囲にまで及ぶ

田 中
こちらの顧問先さんには経営計画がずっとなかったのですか?

野 末
ありませんでした。創業された昭和50年からずっと。「ゲンコツ1つでやってきた」という風におっしゃる方で、ビジョンや理念的なものは考えたことがなかったそうです。

田 中
その経営者さんが、この野末先生の事務所のような、ここまでの理念や経営計画を作ることができますかね?

野 末
ここまでのものは無理でしょうし、必要ないとお伝えしています。社長の中に見えてきた「会社をこうしていきたい」という最初の想いを肉付けしていけばよい、とお話ししています。社長も「それくらいなら」という感じで前へ進んでもらっています。

確定申告よりも大切なものは何か?

野末さんは、なぜ顧問先の経営にまで踏み込んで支援されるようになったのでしょうか。開業してしばらく経ったころ、確定申告の時期に起こった「ある出来事」がきっかけになったそうです。

田 中
野末さんが、税務だけではなく、顧問先の経営にまで踏み込んでサポートしようと思われたきっかけは何だったのですか?
野 末
開業して2年ほど経ったころに、ある経営者の方から「融資相談に乗ってほしい」という依頼を受けました。その方には顧問税理士さんが別にいらっしゃったのですが、「確定申告で忙しいから後にしてくれ」と相談したところ断られてしまい、私を頼って来られたそうです。
私自身も確定申告で忙しかったのですが、話を聞いてみると、「社員が30名いる会社で、半年後には資金ショートしてしまう。倒産して社員やその家族に迷惑をかけるようなことはしたくない」とのことでした。
田 中
なんと、そんな状況にも関わらず後回しにされしてしまったのですか!それでその方はどうなったのでしょうか。

野 末
その方については、追加融資を取り付けて事なきを得ましたが、その時に強く感じたことがあります。
田 中
それは、どんな思いだったのでしょうか。

野 末
・忙しいからという理由で、経営者の相談を袖にするようなことがあってはならない
・いつでも相談を受けられるようにしないといけない
・いわゆる税務の仕事だけではなく、お客様が本当に必要としていることに力を注がなければならない
この3点です。

野 末
だから、私の事務所の理念には、「中小企業を健全かつ安定経営に導く」を使命として明記しています。確定申告病に陥らないように作りました。ぶれないでやっていきたいと思っています。

田 中
そこまで踏み込んで経営に寄り添っているお客様はどれくらいいらっしゃいますか?

野 末
今は1〜2割くらいのお客様に提供しています。今後、増やしていきたいという想いはあります。経営計画と「キャッシュ・イズ・キング」を合わせて提供できるといいかもしれませんね。

田 中
それはぜひ!

野末さんのお話を聞いて【取材後記】 

自らは「聞き役」に徹し、経営者とその奥様から様々な経営課題に関する意見を出してもらう。それをノートにまとめて宿題として渡すだけ。野末さんはサラリとおっしゃっていましたが、そんなに簡単なことではないと思います。

特に中小企業の社長さんには、自分の考えていることや思っていることを言葉にするのが苦手な方も少なくありません。ただ「意見を出してください」とお願いしても、ポンポンと出てくるわけではないと思います。社長さんや奥様がどうしたら意見を言いやすいか。どのようにノートに書き留めたら宿題に取り組んでもらえるか。そこまで顧問先のことを考えて経営改善に取り組んでいるからこそ、実行できることなのではないでしょうか。

野末さんのような「いい税理士」さんに、伴走してもらえる中小企業が増えていくことを願っています。

 

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